糱を詠んだ梅沢氏の俳句について
25日に放送した惜しくも没になった貧乏時代の俳句についてつらつら。
ひげ根なぞ切らぬもやしや野分の夜
添削では切らぬという動詞の文節が説明調で今一つとの事。以下の様に直された。
野分聞く夜やもやしのひげ根なぞ(切らぬ)
すっきりした。但し、取合わせる季語を変えるともやしの根っこを燃やせる。
てっちりの座敷もやしのひげ根なぞ(食はぬ)
偏屈だが恵むのも吝かではない。
出稼ぎの飯やもやしのひげ根なぞ(呉れてやる)
省略の部分は場の設定によって決まるもので案外操作可能な点に留意したい。
……
此処迄書いて、抑「なぞ」とはどのような用法や接続なのかが気になりだした。等と表記する時は類似する例を取上げる事が多い。御大の句ではひげ根は切らないし、傷んだものも捨てないのような文脈だ。一流の料亭ではこんな貧相な代物は食ってられっかとの勢いだろう。此の解釈で恐らく問題は無い。もう一つ同音の表現に何ぞの約まった語との解説もあった。仮に採用すると、元の句の接続がちぐはぐになる。というのも反語だからだ。ぬ(打消)ではなくてむ(意志)でないと意味が通らない。因って斯様のこじつけは棄却すべきだろう。細かい事が気になってしまって。
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詩に於いて文法の点検は疎かに出来ないと申したまま実例を示さないのは不誠実なのでお書きした次第です。敢えて誤読させる手法もあるのですが。これに就いては本館のおくれまじの句をお読みになって下さい。
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