携帯端末OS論争~ネット文化論1~
現在のネット上の論争はブレインウォッシュと捉える人も多い。併し元々はブレインストームだったと思う。偏見を寄集めて俺らこんな狭い世界に生きているんだなと自嘲する為に、或いは世論に踊狂う人々の物真似を楽しむ為だったように思う。
最近の意見対立は例えば携帯電話OS論争だろうか。中学生になったらiPhoneを持たないと虐められるとの御巫山戯を現実で話題にする人がいらっしゃって驚いた。が、統計を見れば判るように経済的余裕のない人々が豚に真珠を遣るだろうか。抑、ガジェオタ(ガジェットオタク)が遊びで創作した話だ。よくよく掲示板の話題を追ったり、自分の頭で考えれば連絡と文字媒体のネットサーフィン用にお手頃な携帯が一台と、画像、動画、ゲーム等を扱う為のタブレット一台があれば良いとの結論に辿着くのではなかろうか。用途毎に機械を分けるのは常識で能率的だと思う。
尤も問題をややこしくしているのは此処に只乗りするやつがれだ。各陣営の宣伝の為にやって来る者は可愛い方で、対立を演出して不安を煽る輩迄いる。相手にするだけ時間の無駄。その時間を睡眠に充てましょう。
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もう一度携帯端末OSに関する鯫生の結論を書いておく。連絡と文字媒体のネットサーフィン用にお手頃な携帯が一台と、画像、動画、ゲーム等を扱う為のタブレット一台があれば良い。勿論最新のものである必要は無い可能性が高い。用途を限定して想定すべし。
因みに鯫生の格安携帯は数年間壊れたままだし、iPadを触らなくなって2週間が経った。連絡は膝上電脳を操作して電子郵便の遣取りのみだ。特に不自由はない。というより、携帯電話が鯫生には早過ぎた。どうかこれ以上公衆電話を減らさないで下さい。
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